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那覇地方裁判所 昭和57年(わ)240号 判決

被告人 リチヤード・A・ケイト ほか一人

主文

被告人リチヤード・A・ケイトを懲役一年に、被告人ビンセント・J・オド二世を懲役一〇月に処する。

被告人ビンセント・J・オド二世に対し、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予する。

被告人リチヤード・A・ケイトから押収してある大麻九包(昭和五七年押第九八号の1)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人リチヤード・A・ケイトは、法定の除外事由がなく、かつ税関長の許可を受けずに、大麻を本邦に密輸入しようと企て、昭和五六年一二月二五日ころ、フイリピン共和国所在のサンミゲル米海軍基地において、同国から在沖縄米海兵隊基地へ運送することが予定されている米合衆国の軍隊公用品である発電機の励磁器部分に、同機械の修理工である被告人ビンセント・J・オド二世をして大麻一〇四・五九グラム(証拠略)を隠匿せしめたうえ、同発電機を同国キユービーボイント米海軍基地で米軍用機に塔載させ、右米軍用機を同日午後零時三六分ころ、保税地域でない沖縄県宜野湾市所在の在沖縄米海兵隊普天間海兵隊航空基地飛行場に到着させ、同日午後四時ころ、同基地建物番号五二〇番格納庫前において、米海兵隊員をして、右大麻の隠匿された前記発電機を同軍用機から取卸しさせ、もつて右大麻を日本国内に搬入してこれを引き取り輸入した、

第二、被告人ビンセント・J・オド二世は、被告人リチヤード・A・ケイトが日本国内に大麻を密輸入することを知りながら、昭和五六年一二月二五日ころ、フイリピン共和国において、同被告人からの依頼を受け、同被告人から前記の大麻約一〇四・五九グラムを受け取り、同国サンミゲル米海軍基地において、これを前記発電機の励磁器部分に隠匿し、もつて同被告人の第一掲記の犯行を容易ならしめてこれを幇助した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人リチヤード・A・ケイトの判示第一の所為中、大麻輸入の点は大麻取締法二四条二号、四条一号に、無許可輸入の点は関税法一一一条一項にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により重い大麻輸入罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役一年に処する。

被告人ビンセント・J・オド二世の判示第二の所為中、大麻輸入の幇助の点は大麻取締法二四条二号、四条一号、刑法六二条一項に、無許可輸入の幇助の点は関税法一一一条一項、刑法六二条一項にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により重い大麻輸入幇助罪の刑で処断することとし、右は従犯であるから同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一〇月に処する。

情状により刑法二五条一項を適用して被告人ビンセント・J・オド二世に対し、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予する。

押収してある大麻九包(昭和五七年押第九八号の1)は、いずれも判示第一の関税法一一一条一項違反の犯罪行為に係る貨物であるから、同法一一八条一項、三項一号イにより被告人リチヤード・A・ケイトからこれを没収する。

訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人両名に負担させない。

(当裁判所の判断)

一  罪数について

関税法一一一条一項にいう輸入とは、外国から本邦に到着した貨物を本邦に引取る行為をいう(関税法二条一項一号)。

従つて、貨物の具体的輸入時期は、右の引取りの時点を指すことになるが、密輸入に係る貨物に限つてみても、輸入の形態には相違があるので、右時点は必ずしも同一ではない。

まず、保税地域又はそれ以外の場所に設けられた検査場所(関税法六九条)を経由する貨物の輸入時期は、貨物をこれらの場所から引取つた時とされており、無許可輸入罪は右引取りの時点で既遂に達するものと解されている(東京高判昭和五四年一一月一九日、刑裁月報一一・一一・一三六七)。

これに対し、外国から本邦に到着した密輸入貨物が保税地域を経由せず、或いは検査場における一連の通関手続を経ない場合にあつては、その輸入時期を前段と同一に解釈することができないのは当然であり、これら貨物の輸入時期は、貨物が本邦内で自由に流通しうる状態におかれた時点、即ち、その陸揚げ(船卸又は取卸)がなされた時と解するのが相当である。

ところで、前掲各証拠によれば、判示の大麻が隠匿された発電機を塔載する米軍用機が到着した前記普天間海兵隊航空基地飛行場は保税地域ではなく、また右発電機は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律」六条により税関検査が免除されている物品なのであるから、右発電機はもとより、これに隠匿されていた判示の大麻についても事実上税関検査の行われる機会がなかつたことは明らかである。

そうだとすれば、判示の大麻の輸入時期は、これが発電機とともに前記飛行場において米軍用機から取卸された時点をいうものであつて、本件無許可輸入罪は右取卸しによつて既遂に達したものと解することができる。

他方、大麻輸入罪における輸入の意義について、ここにいう輸入とは大麻を本邦に搬入する行為であるとすることに異論はなく、従つて、本件大麻輸入罪にあつては、判示の大麻が既述の如く米軍用機から積み降ろされた時に既遂となるものと解せられるのである。

このようにみてくると、判示の大麻を米軍用機から積み降ろす(取卸す)行為は、法的評価をはなれ、自然的観察のもとで行為者の動態が社会的見解上一個の行為のものと評価できるから、本件において、被告人リチヤード・A・ケイトの犯した大麻輸入罪と無許可輸入罪の罪数関係は一所為数法の関係に立つと解するのが相当である。

なお、ビンセント・J・オド二世については、大麻輸入罪幇助と無許可輸入罪幇助の二個の罪が成立するが、本件において、同被告人のなした幇助行為自体を一個と認むべきことに異論はないと考えられるので、右両罪の罪数関係も一所為数法の関係に立つと解すべきである。

二  共犯の犯罪地の決定について

刑法一条一項は「本法ハ何人ヲ問ハス日本国内ニ於テ罪ヲ犯シタル者ニ之ヲ適用ス」と規定し、ひろく刑罰法規一般の場所的適用範囲に関し属地主義をとることを明らかにしている。

ところで、大麻取締法、関税法は共に社会経済的にみれば、外国からの貨物の積み出しに始まり貨物の国内への引取りに至る一連の輸入過程のうち「貨物の陸揚げ」ないしは「貨物の引取り」という行為を輸入と捉えているので、本件大麻輸入罪、無許可輸入罪の正犯の行為地と結果発生地が日本国内であることに疑問はない。

問題は幇助行為にある。即ち、判示認定のところからも明らかなように被告人ビンセント・J・オド二世が判示の大麻を発電機に隠匿した幇助行為はフイリピン共和国内において行われているからである。

共犯(教唆と幇助)についての犯罪地が共犯行為のなされた場所をいうことは勿論であるが、共犯は、自己の行為に基づき、正犯の行為を通じて発生した結果についてその罪責を問われるのであるから、正犯の行為のなされた場所も共犯行為のなされた場所と並んで共犯の犯罪地と解するのが相当である。

従つて、正犯者である被告人リチヤード・A・ケイトが日本国内で犯罪を実行した以上、幇助犯である被告人ビンセント・J・オド二世も我が刑罰法規の適用を受けるものというべきである。

(量刑の理由)

本件は一〇〇グラムを超える多量の大麻の輸入事犯であるうえ、被告人らは右大麻を税関検査の行われない米軍の軍用品である発電機の中に隠匿して本邦に輸入しているのである。このような輸入の態様をみると、本件は携帯輸入等の場合に比べはるかに発覚のおそれの少ない方法を選んで敢行された悪質、巧妙な犯行といわざるをえない(本件捜査の端緒は情報提供者の通報による)。

特に、被告人ケイトは本件の首謀者であり、そのうえ判示の大麻はその量からみても自己使用のために輸入したものとは到底認め難く、同被告人は密売を目論んでいたとしか考えられない。これらの点に照らすとその犯情は悪質であり、同被告人の刑事責任は重い。

また、被告人オド二世は、判示の大麻が密輸入されることを知りながら、被告人ケイトの依頼に応じ、犯行に加担し、自己が修理を担当している軍用品である発電機の中に大麻を隠匿したものであり、同被告人が本件で果した役割は決して軽くないこと、特にその行動が極めて安易かつ軽率であり、この種事犯に対する規範意識の乏しいこと等の点を考慮すると、同被告人の刑事責任も決して軽くない。

しかし、反面、本件においては、被告人両名が未だ若年であり、これまで前科はなく、日ごろの軍隊内における勤務成績も良好であり、本件についても改悛の情が顕著であること、判示の大麻は全て捜査官憲に押収され、その害悪の拡散は防止されたことなどの有利な情状も認められる。

そこで、これら諸般の情状を考え合わせたうえ、被告人両名に対し主文掲記の刑を科することとし、なお被告人オド二世は同僚の依頼を断わり切れず、事柄の重大性を十分認識しないまま本件犯行に及んだことなどの酌むべき事情もあるので、特に今回に限り刑の執行を猶予することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上廣道)

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